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よしなしごと

いちセラピストの日々徒然

地母神の掌(タナゴコロ)

・・・チネイザン。
ホント、先生によって受ける印象が違う。
個性が出るのだろうか、面白い。

クンジー先生のは、よりプリミティブな感じ。
大らかで優しく、力強い。
抽象的な表現になるが、豊穣の大地。包容のうねり
・・・書いてて、若干恥ずかしい_φ( ̄ー ̄ )
チネイザン&カルサイネイザン、受けるのは約10ヶ月ぶり。
抉られるような深い痛みが、幾度も体内に響く。走る。留まる。
それは圧されている箇所そのものであったり、離れている場所だったりと様々。
冷静に観察する意識を保つのが、困難。
…とどのつまりは、めっさ痛い。

手で考える問い…拷問かという(T□T)

知らず、呼吸は痛みに押され浅くなり、(又は止まり)筋肉は過緊張気味。一種の反射。

生命維持の為、オートマチックに働く不随意筋。己でコントロール可能な随意筋。
横隔膜は、その両方を使える稀有な器官だ。
横隔膜の弛緩。意識的に、何度も何度も呼吸を深くする。特に呼気が肝要だ。副交感神経優位に筋肉は弛緩する。
それに呼応し、先生の深いアプローチ。

そして…持続圧、からの解放。
日常の呼吸の、なんと浅いコトか…

初回、やはりカルサイは左側を集中。
直接手も勿論大事だが、間接手も非常に重要だと再認識。
2回目は、口腔内のアプローチ∑( ̄◇ ̄;)
お初体験・どっくちゃいな

あぁ〜〜でででででででッ‼︎
声にならぬ叫び。涙目。
歯茎、頰肉、千切れる千切れる、めっさ痛い。
三叉神経、上顎下顎、蝶形骨…落ち着いたら調べてみようと微かに思った。

クンジー先生の施術は、痛い。
けど。
イメージとして細胞壁と細胞壁が融和する…というか、最初カラダに触れるタッチに違和を感じない。
ヒフがそのまま「他者ではない」と誤認するかのように、柔らかく馴染む。
そのまま力の奔流を許してしまう程に、馴染む温かく柔らかい手。
ヒフの知覚を騙くらかされたような、心地よい触れ方。
でも、施術は容赦なく、痛い。


ディオニュソス的な、クンジー先生。
アポロン的な、ウー先生。
その中間が、オム先生。
ニーチェ先生、言い得て妙な対比。あくまで、自分の主観による分類。
五行でも四元素でもない喩えになるが、クンジー先生【地】 ウー先生【水】 オム先生 【火】なイメージ。

面白い。これだから、チェンマイまた来たくなる。